ラ ドル知ヱ 美ータ。


イタリア旅行記/本/ライブ/映画/アート/まちあるきetc
by kaioko
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龍馬伝にハマる

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日本の家庭というものは、二つに分かれる。
すなわち、大河ドラマを見る家庭と見ない家庭。

ウチは後者だ。しかし、「龍馬伝」は観ています。
坂本龍馬にも、福山雅治にも特に思い入れのない私には、意外としっくりハマれます、福山龍馬。坂本龍馬は男にもモテる色気を持っていた人だと思います。そんなところが福山っぽいかな、と。あと、ものすごく頭の回転が早いのに、分からないことを分からないと言える素直さが竜馬の魅力であるように思えます。そんなところもウマく表現しているような。

そして、静かに燃える男、大森南朋演じる武市半平太。
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白札という上士と下士の中間の身分、というもどかしさ。江戸や行けないというもどかしさ。そんなふつふつと煮えたぎる思いが、だんだんと攘夷に傾いていく。武市を慕う志士たちとともに。
う~ん、燃えますねぇ☆

しかし、なんといっても香川照之演じる岩崎弥太郎。
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最高です♡
たとえ香川史上、最も汚くとも!
弥太郎フィギュアがあったら欲しい!とは福山談ですが、あの歯の一本一本の汚さまで再現してほしい。「龍馬伝」は、岩崎弥太郎が語る「伝」なのです。だから語りも弥太郎です。「龍馬はわしがこの世で一番嫌いな男」、この言葉に始まり、きっとこの言葉に終わるのでしょう。いろんな感情がつまった言葉だと思います。第三話の「大嫌いじゃーー!」も爽快でした。インタビューによると、十代から晩年まで弥太郎を演じる香川さん、今回は年齢による演じわけはしないそうです。
・・・ということは、ずっとこのテンション・・・。

画像はすべて第6話より、アナログです^^;
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by kaioko | 2010-02-12 22:47

7Days Judgement

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ついに!
ついに!!
ついに!!!
生・香川さんです♡


「7Days Judgement 死神の精度」
伊坂幸太郎作品初の舞台化
in三軒茶屋シアタートラム
脚本・演出 和田憲明


昔がたきの任侠の男、藤田(ラサール石井)。その命は死神=千葉(香川照之)のジャッジにゆだねられている。藤田を心から慕う男、阿久津(中川晃教)。千葉の同僚の死神(鈴木省吾)。四人(うち二人は人間ではないが)を巡る7日間の物語。


死神とはなんとも曖昧な矛盾の多い存在である。最も冷徹そうでありながら、最も人間的な存在。死という抗えないものに抗おうとして人間がつくりだしたこの存在は、どこかユーモラスだ。千葉もユーモアを理解しないところが(日本語の慣用表現を理解しない・・・)、逆に笑いをさそう。
ダークなテーマでありながら笑いを交えてテンポよく話は進む。
主な登場人物が四人しかいないいこの舞台にテンポを与えるのは、もうひとつは「ミュージック!」、音楽だ。天使は図書館に集まるが、死神はCDショップに集まって音楽を試聴する。千葉が心地良さそうに体を揺らすのは、ローリングストーンズのロック。藤田も阿久津も「死に急ぐ部類の人間」、人生を転がるように生きている。しかし、藤田はある想いを抱いて生きているし、阿久津は人生に絶望し、死にたいが口癖の男だが、ある信念だけは持っている。

「人間が生きているのは人生ではなく単なる時間だ」、カーテンコールで香川さんは印象に残っているセリフとしてこのセリフをあげた。そして、「この舞台で出演者や裏で支えてくれるスタッフと一緒に単なる時間ではなく人生を生きたい。」と語った。「年を取ると、人生の垢や贅肉が良い意味でついてくる。それが僕という役者の背景や厚みになっている。」とも(パンフレットより)。

転がる石に苔は生えぬが、転がり、くだけていつかなくなるまで、泥もつき埃もつくだろう、それが人間の厚みであり、たんなる時間ではない人生を人生たらしめているのかもしれない。

「巧まずして、生まれてくる表現、演技が芝居の最終地点」(香川)
「演じないことと最低限に必要な演技のバランスを探る」(ラサール石井)
いずれも公演パンフレットより。

そんな似た演技態度をもつ二人が、「芝居をしない」、和田流の演出の中でどう演技するのか。スクリーンやテレビ画面越しからでも伝わってくる香川さんのヒフの内側における理論と感情のせめぎ合いから滲み出してくるような演技を目の当たりにでき、鳥肌のたつ思いだった。

カーテンコールは三回。話が話だし、四人だけのカーテンコールではしゃぐはずもなく、四人とも終始堅い感じ。しかし、二回目のカーテンコール、ストーンズの曲でノリノリではけていく香川さんの後ろ姿は最高にお茶目でした♡♡
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by kaioko | 2009-08-25 22:51 | 映画・演劇

試写会「剣岳 点の記」了

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誰かが行かねば、道はできない。
標高2999m、氷点下40℃。
明治40年、日本地図最後の空白地点を目指した男たちの、魂の記録。


6月20日より公開の「剣岳 点の記」の試写会が当たり、素晴らしい場末っぷりの長野千石劇場(↑)へ観に行ってきました。
「八甲田山」の名カメラマン・木村大作監督の初監督作品、浅野忠信、香川照之のダブル主演、CG・空撮一切なし、という魅力的なフレコミの作品ですが、期待以上に面白かったです。
主演の二人は言わずもがな、松田龍平、仲村トオル、そして「松ケ根乱射事件」の新井浩文がまた独特の存在感で、いい俳優さんだなぁと思いました。劇中に流れるクラシックもドンピシャな選曲で素晴らしい。
厳しさと裏返しの美しい自然と、それに挑む人間の小ささと大きさを感じた作品でした。
ぜひ、劇場で!
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by kaioko | 2009-06-18 22:20 | 映画・演劇

冬眠中です。

年末から年始にかけて観た映画の覚書と(粗)評価、感想

TOKYO!★★★★
トウキョウソナタ★★★★★
愛と欲望~ミラノの霧の中で(伊:A casa nostra)★★★★
ミルコのひかり(伊:Rosso come il cielo)★★★★
向かいの窓(伊)★★★
ダンサーインザダーク★★★★
赤いアモーレ(伊)★★★★★
ラスト、コーション★★★★★
故郷の香り★★★★
ダージリン急行★★
イカとクジラ★★
酔いどれ詩人になる前に★★★

「TOKYO!」と「トウキョウソナタ」は劇場にて。偶然にもどちらも東京が舞台の映画。「愛と欲望~ミラノの霧の中で」はミラノに生きる人々の話。この直接的な邦題は気に入らないとして、とても面白かった。都市を描く映画は、群像劇かオムニバス形式でないと難しいのかなという気がした。「ミルコのひかり」は実話を元にした映画。「ダンサーインザダーク」は、ちょっと昔の映画だけど、暗くて重くて衝撃的だった。ミュージカル部分は完成度が高い。「赤いアモーレ」は、設定はメロドラマっぽくて、あまりに男性が身勝手なのだけど、ペネロペ・クルスの熱演のせいでとてもそれでは片付けられない。「ラスト、コーション」はエロチックな場面が話題になったけど、それも大切な映画の要素になり得ている、すごい映画だった。「故郷の香り」は、中国の村の景色がきれい、作品全体にさまざまな料理の匂いや雨の匂いがじっとりと染み付いているような、まさに香りたつ映画でした。「ダージリン急行」、「イカとクジラ」は期待しすぎていたため、ちょっとハズした気分。前者は淡々としすぎ、後者は生々しすぎて。「酔いどれ」も淡々としていたけど、芸術家として生きることの本質を突いているかな、と感じた。とりあえず以上。
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by kaioko | 2009-01-31 21:54 | 映画・演劇

写真映画「ヤーチャイカ」を観る。

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もう死ぬしかないと思いつめてふらふらと村へ辿り着いた男と、過去に心と体に残酷な傷を負った女。ふたりを束の間結びつけたものは何だったのか? 人類史上初めて女性が宇宙から地球に呼びかけた「ヤーチャイカ」という言葉が、呪文のように男と女を解き放つ――。言葉を「詩」で綴り、映像はすべてスチール写真で構成するという、異色の作品。監督は詩集「二十億光年の孤独」でデビューして以来、半世紀以上、創作の第一線で活躍してきた現代詩の巨匠・谷川俊太郎。原作は、覚和歌子の詩集「ゼロになるからだ」の一編「ヤーチャイカ」。

まつもと市民芸術館にて、「ヤーチャイカ」という作品を観る。写真映画。それは、スチール写真とナレーションと音楽のみで構成される。主演は香川照之と尾野真千子。しかしこの演技派の二人の演技は作品を構成していない。その演技の表情の一瞬一瞬が切り取られて、繋げられているのだ。

作品上映の前に、覚和歌子、谷川俊太郎両監督のプレトークがあった。俊太郎さんの詩は大好きだ。トークは、いかにこの写真映画の製作というものが大変だったかということが存分に伝わってくるものだった。

最初、俊太郎さんは写真映画なんて5枚の写真で終われると考えたらしい。今、開催されているフェルメール展で、一枚の絵の前で2時間居られるという人もいることを考えれば、理論的には5枚で十分だというのである。対する覚さんは70枚くらいで終われると考えていたらしい。ところが実際に使われた写真は1000枚近く。写真を選び、「この写真を何秒見たいか」、という基準で長さを決め、音楽に当てはめ、ナレーションを当てはめていく。だいたい美術展などでもそうだが、ある芸術作品を何秒見たいか、あるいは見ているかなんて人によってまちまちだ。だから写真映画の編集には、監督としてこの写真を何秒見せたいかということと、観客としてこの写真を何秒見ていたいかということがせめぎ合う。実際、両監督の間で、編集段階でかなりせめぎ合いがあったらしく、覚さんは俊太郎さんに「回し蹴り」をくらわそうと思ったこともあったとか。それは、論理的に説明できることを求める男性性と、そうではない女性性という性の違いもあれば、監督それぞれの個による違いもあると話していたのが興味深かった。

また、お二人とも映画監督というキャリアではないわけで、映画というジャンルを飛び越して写真映画というものに挑戦したために、なによりもまず映画というメディアについて考えることが多くあったみたいだ。まず、映画は金がかかる。そして、映画は完成というものがない。撮影を終え、編集をしても、いざ上映すると、会場や観客や機器などが思わぬことを引き起こし、作品が全く違ったものになってしまう。そして、それに手を加えようとするとまたお金がかかる。このようなメディアに携わる人たちだから、全く文学に携わっている人と人種が違うということだった。「DVD化するにあたり、監督がディレクターズ・エディションとかコンプリート・エディションとかを出したがる気持ちが良く分かった」とも。実際この映画のDVD化も進められているようだが、もしかしたら全く違ったものになっているかもしれない。

また、この写真映画をつくるにあたっては「前衛的なものにしたくない」ということが、お二人の中ではあったようだ。写真映画という試み自体が新しいものであり、このコンセンサスが図られていなければ、作品は前衛的なものに簡単に転んでしまったかもしれない。動画では伝えられない、静止画の世界だからこそ伝えられるなにか。写真映画という彗星がこの二人の監督の目の前に落ちたことは、その未来にとって幸運であったかもしれない。

言葉では伝えられない、感じ取るしかないもの。でも、私達の半径15メートルほどの多くは、言葉で伝わるもの、もしくは伝えなくてはならないものが圧倒時に多い。言葉では言い表せない、感じ取ってほしいというのは、多くの場合、甘えであり、傲慢だ。言葉や動きがない、この写真映画で、監督が感じ取らせようとするものが、言葉で説明できるものだったら、作品はひどく退屈なものになったと思う。

本当に言葉では伝えられない、感じ取るしかないなにものかとは、もっと大きいなにものか、例えば宇宙の法則だとか、人間の生死のようなもの。俊太郎さんの「芝生」という詩をご存知のかたならなんとなく分かってくれるだろうか。男女の愛と再生の物語を通して、語られるのは自然が人間を生かす力や、それを感じ取る人間の生命力、人間かあずかり知ることのできない死というものの圧倒的な存在や、しかしそれは生と繋がっているということ・・・そういった答えのない問いかけに向かいあうとき、人は宇宙に向かう宇宙飛行士のように一人なのだということ。しかし、それは人類最初の宇宙飛行士テレシコワの「ヤーチャイカ!」という声や、この映画のラストのように希望に満ちたものである。

今回、「静止」している香川さんを見ていて、私はこの人の顔と体が好きなのだということが分かった。というとなんだか変な感じだが、それは演技するにあたって、常に理論と感情がギリギリまでせめぎ合い、そのマックスを表出するために訓練された顔と体、ということだ。ちょっとした顔や体の歪みや皺や、その下の筋や骨格までも感じさせる肢体。それが、静止画にするとよりよく分かる。
音楽もいい。DVD化が楽しみ。
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by kaioko | 2008-12-08 23:24 | 映画・演劇

美しい夏、キリシマ

美しい夏 キリシマ
/ ハピネット・ピクチャーズ
1945年、夏。満州から引き上げてきた中学3年の日高康男(柄本佑)は空襲のショックで病となり、祖父(原田芳雄)の住む霧島で療養生活を送っていた。敗戦の影が静かに忍び寄る8月、日高家をはじめ、周囲の人々の生き様も少しずつ変化していく中、日々罪悪感を募らせる康男は、空襲で爆死した沖縄出身の親友の妹に会いに行くが…。

美しい山の稜線が印象的なキリシマ。まさにその山で切り取られてしまったかのように、1945年の日本ではない、どこか遠い土地である気がする。敵がいることは明確なのだが、どこから来るかは分からない土地。思い描く戦時下とはまた違う緊張感が漂っている。ただし、キリシマの自然はとても美しくて、そしてとても瞑想的だ。
群をなして飛ぶ戦闘機と、逆の方向に疾走する主人公の康男の自転車という風景で映画は始まる。兵役を免除され療養生活を営んでいる康男。異端的な存在である康男がもつ罪悪感を描いていくことで、戦争の残酷さが変わった視点で描かれているといえると思う。戦時下で、皆がなにかのために、それぞれの手段で必死で生き抜いている傍らで、生きていること自体を罪として感じなければならない康男の苦悩や迷い。康男が壁に一本のピンで留めているカラヴァッジョの絵が印象的。

主演は柄本佑。柄本明の息子さんだそうです。ソフトバンクのCMに出てくる「うちのクラスの柄本」くんも、柄本明の息子さん、柄本時生。兄弟そろって、天性の飄々さを受け継いでいる気がします。お父さんのように、善も狂気も自在に演じる役者さんになって欲しい。
香川さんも出てます。また日本兵ですが・・・。
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by kaioko | 2008-03-09 22:49 | 映画・演劇

DEVILS ON THE DOORSTEP

鬼が来た!
/ ジェネオン エンタテインメント


第2次世界大戦が終結に向かっていた1945年の旧正月直前、中国・華北の寒村、掛甲台(コアチアタイ)村。ある深夜、青年マー・ターサンのもとに”私”と名乗る男がやって来て、マーに拳銃を突きつけ、麻袋を2つ押しつける。麻袋の1つには日本兵が、もう1つには通訳の中国人が入れられていた。”私”はマーに、それを晦日まで預かるよう脅し、供述書も取れと命じて去っていく。日本海軍の砲塔が建つこの村で、日本兵を家に置くなど危険極まりない行為だったため、村人たちは殺してしまうか、日本軍に引き渡すか話しあうが、晦日まであと一週間もない。それまでこの2人を隠すことになった。

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作品はモノクロ。だけど、湯気、煙、吐く息、埃、蜃気楼、白眼・・・同じ白でもカラーより色鮮やかなくらいだ。
死の緊張感と背中合わせのユーモアは「ライフ イズ ビューティフル」のよう。コミュニケーションのズレが笑いさえ呼ぶが、それこそが戦争の始まり、悲劇のトリガーとなってしまうということを、この作品はこれ以上ないというくらい残酷に教えてくれる。その一方で、そんな狂気じみた戦争下で個人としてどう生き抜くか―そしてどう死ぬのかということも。
生と死、正常と狂気、理解と誤解、愛情と憎悪・・・その垣根を越えることは戦争という極端な状況下では簡単なことで、だからこそ戦争は恐ろしいのだ。中盤からラストヘ、一旦引き金をひいてしまった後の狂気の膨張には、鳥肌がたつのを感じた。
何かが皮下組織にまで入り込んで骨の芯まで染込んだ後、汗として噴出してくるような感覚。140分という長さを感じさせない、すごい作品でした。チアン・ウエン監督主演。戦争史、戦争観などもっと分かれば理解の深まる映画だと思うのだけれど。香川さんはいわずもがな、隊長を演じた澤田謙也さんだとか、俳優の演技にもひきこまれた。
なお、原題である「鬼子來了」の”鬼子”とは、外からやってくる悪しきものの意味で、外国人に対する憎悪をこめた呼称を表す。戦争に理由など、腐敗分子つまり「鬼」の出所などどうでもいい。口火さえ切られれば。でも、本当の「鬼」って誰だったんでしょうか。
観て考えていただきたい。
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by kaioko | 2008-01-20 01:38 | 映画・演劇

ミタビ、キサラギ礼賛

キサラギ プレミアム・エディション (初回限定生産)
/ キングレコード

このブログでも、何度も絶賛しているのですが、映画「キサラギ」、遂にDVDが発売になりましたよーー。プレミアム・エディションの充実っぷりったらないです。
どぎつい蛍光ピンクのBOXの中には20Pのプレスリリース(劇場で買っちゃったじゃないか!!)、全5枚のポストカード入り。何よりも特典ディスクにはメイキングやら、インタビューやら、完成披露試写会やら、舞台挨拶やらが124分収録されています。

とりあえず特典ディスクを観て、本編ディスクを観て、もう一度特典ディスクを観ました。
一度本編を観た後でも、見方を変えていろいろな楽しみ方ができる作品だと思います。
一人一人に注目してみたりとか。

しかし、特典ディスクを観てぶったまげたのですが、香川照之様があんなテンションの高い方だったなんて。シリアスな役を演じている時からは想像もできないです。そこが、また素敵なのです。
端から見れば馬鹿で、滑稽なことを大真面目に全力で演じる、そのギャップ。
これって、ユーモアの本質をついています。
ある一人のB級アイドルに熱狂し、その死に執着するということ自体、端からみれば滑稽なこと。はじめは、ネット特有の微妙な距離感で接している5人がだんだんと本性をあらわしながら、死の真相に迫っていく展開も、ちょっとひいてみれば滑稽なのに、いつの間にかひきこまれている。5人がそれぞれ必死なところが、素晴らしいんです。それが集約されているのが、ラストのアレでしょうねぇ。
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by kaioko | 2008-01-14 18:29 | 映画・演劇

いつか、心から

いつか読書する日
/ アミューズソフトエンタテインメント

考えさせられてしまう映画だった。淡々と物語は進んでいくけれど、見終わったあとに心の深部にじわじわと染込んでくる映画。田中裕子、岸辺一徳、この二人が主演という時点で、なんとなくその映画の質感にひかれてしまう。

香川さん、出てます。セクハラ店長役ですが。チョイ役だけど、相変わらず印象に残る演技が見事。あと、仁科亜希子。たおやかな女らしさを持つ女優さんなのに、末期がん患者の役ということでよりやつれてみえる演技がとても印象に残りました。

人の人生は重き荷を背負いて遠き道を行くが如し。この映画の登場人物たちも、みな荷を背負って生きている。自ら背負う荷、背負わざるを得ない荷の違いはあるけれど。不倫やら、育児放棄やら、末期がんやら、交通事故やら、認知症やら、結構重いテーマがここかしこにちりばめられているけれど、現実の世界だってこうなんだよな。

主人公は牛乳という荷を背負いながら、毎日長崎の長い坂を上る50歳の独身女性、美奈子〈田中裕子〉。読書を唯一の趣味にしている。一方、市役所に勤める高梨(岸部一徳)は末期がんの妻(仁科亜希子)を看病し続けている。

■ネタバレ感想
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by kaioko | 2007-12-01 00:04 | 映画・演劇

続キサラギ礼賛

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注文しておいた「キサラギオフィシャルムック」が届いたよーー♡あと、「日本映画navi2007夏号(「巻頭特集キサラギ」)」もーー。わーい。

座談会や出演俳優5人のそれぞれのインタビューを読むと、この映画の現場の密度の濃さが伝わってきます。この時の香川さんはですね、なかなかアーティステックなパーマをかけてらっしゃいます。小栗くんからは、「○毛ですか?」といわれたらしいです(笑)DVDが楽しみ。。。
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by kaioko | 2007-11-02 21:28 | 映画・演劇

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