ラ ドル知ヱ 美ータ。


イタリア旅行記/本/ライブ/映画/アート/まちあるきetc
by kaioko
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シチリアの思い出を写真集にしました

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去年11月のシチリア旅行で撮った写真で写真集というか、フォトブックを作りました。

photoback
http://www.photoback.jp/home.aspx

写真なんて素人中の素人の、しかもそのデータさえ一度とばしてしまった私でも、簡単に作れます。
中身も公開していますので、下記タイトルをクリックしてご覧ください。

「La Dolce Vita kayoko in Sicilia 2007」
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by kaioko | 2008-02-23 18:30 | シチリア2007・11

ラグーザ:サン・ジョルジョ大聖堂

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ラグーザのサン・ジョルジョ大聖堂のある広場は私たち以外誰もいなくて、時折学校帰りの子供たちが通っていくくらい。
あまりにはやい雲の動きのせいか、変な浮遊感覚がある。加えて、南国風の木々と、大聖堂のゴテゴテしているようで、実は見事に調和のとれているファザードのコントラストを前に、一瞬自分がどこにいるのかわからなくなる。
これが異国情緒とよばれるものなのかもしれない。



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さて、サン・ジョルジョ大聖堂は1775年と、比較的新しい聖堂。設計は、ロザリオ・ガリアルディ、地震のあとのバロック都市計画を担った人物の一人で、モディカのサン・ジョルジョ大聖堂も彼の設計。階段の上に堂々と聳える大聖堂。サン・ニコラに奉献された古い教会の上に建てられたものらしい。

中央のファザードが出っ張った凸状になっていて、側面のコリント式の柱が建物全体に動きをあたえつつも、優雅。聖人たちの像が上から私たちを見下ろしていた。

もしも、この大聖堂がありきたりの外観を持ったものであったらと想像してみる。都市の復興にはこうした抜きん出て、素晴らしいランドマークがいかに必要なことか。
中は、新古典様式のクーポラと「サン・ジョルジョの殉教」を表したステンドグラスがあり、明るい印象。


ラグーザには大学があって、そこに通う日本人の日本語の先生と生徒さん、そして日本語を勉強しているイタリア人の男の子に少しだけだけど会うことができた。彼は日本人の彼女がいるとかで、圧縮すると日本語の勉強期間は1年くらいだそうなのだが、私のイタリア語レベルとは絶対値が雲泥の差。 
「拙者は武士でござる」と挨拶される。そして、彼となぜか日本語で会話している私。

ラグーザ大学の生徒さんがわらわらと街にでていて、雰囲気の良さそうな店が立ちならんでいる、楽しそうな街でした。大聖堂の前の広場にあるジェラート屋さん「Gelati diVini」は残念ながらお休みでした。ワインのジェラートが食べられるんだそうです。他のお店でしっかり食べたけどね。
ラグーザ、ゆっくり滞在してみたい街です。
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by kaioko | 2007-12-15 00:33 | シチリア2007・11

ラグーザ:丘の上の都市に想う

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La città di Ragusa sorge tra spuntoni di roccia che si affacciano su dirupi scoscesi,se la osservi nel suo insieme la tipologia urbana ricorda un nastro.Anche qui il terremoto 1693 fu devastante e costrinse ad una forzata ricostruzione che ne face un gioiello dell’arte barocca.
~「Guida della Sicilia per raggazzi」


シチリア滞在3日目。滞在した町を散歩したり、友達の旦那さんのオフィスに連れて行ってもらったり、午前中はのんびり過ごさせてもらう。
午後は、近くにあるラグーザ(Ragusa)とモディカ(Modica)を訪れることに。

冒頭のイタリア語の文章は、「Guida della Sicilia per raggazzi」、「子供向けシチリアガイド」から引用。
(余談ですが、このテの本、たくさん持っていたりして。でも結構難しいんだ、これが。でもイラストがかわいくて、ついつい買ってしまうの。ちょっとずつ読んでいこうと思ってます。)

ここにも書かれているように、この地域のことを語るのには、1693年にこの地を襲った地震について語らなければならない。なぜなら、ラグーザをはじめ、この辺の都市はとても古い起源を持つけれど(ラグーザはそもそもは紀元前7世紀頃、シクリ族が気づいた城壁が元になった町といわれる)、この地震で大打撃を受け、一旦は壊滅し、今現在の都市の景観はこれ以後形作られたものであるからだ。
そして、興味深いのは都市の復興に対する態度の違いによって、それぞれ異なる都市景観が造られることになったということ。

例えば、パレルモに次ぐ第二の都市、カターニャ。ここは元の都市があったその場所に都市を再建することを選んだ。またノート(ヴァル・ディ・ノートの後期バロック様式の町々 として2002年世界遺産に登録)は、元の都市(Noto Antica)を捨て、新天地に新しい都市を造った。そして、ラグーザはこの二つの復興策の中間をとった。つまり、古い街は古い街として再建・保存し、すぐ隣の丘に新しい街を建設したのだ。古い街はラグーザ・イブラ、新しい街はラグーザ・スペリオーレと呼ばれ、もちろん両方とも現在も都市として機能している。

荒れ果てた場所に、また都市を造りなおす。

慣れ親しんだ自分達の土地を完全に捨て、新天地を目指す。

古い街は古い街として保存し、別の場所に新しい都市を造る。


それぞれに当時の人々の「決意」や「決心」みたいなものが必要だったと思うのだ。
そして、優れた計画や建築家たちも。その復興からも何百年も経ち、そのベースにあるさらに古い都市の姿をも感じながら、こうして旅することができるのは感慨深い。

写真は、スペリオーレ側からイブラ側を臨んだもの(と思われる)。
シチリアの景観には、空と石が需要な要素であることを知る。
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by kaioko | 2007-12-15 00:03 | シチリア2007・11

AGRIGENT è・・・

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La città più bella del mondo.
Il poeta Pindaro

この世で最も美しい場所 
ギリシア人の詩人 ピンダロスがアグリジェントを称して言った言葉
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by kaioko | 2007-11-25 15:09 | シチリア2007・11

アグリジェント:後編

b0068541_14553238.jpg■Tempio di Ercole〈エルコレ(ヘラクレス)神殿〉
ここはなんと紀元前6世紀(520年)に建てられた谷で最古の遺跡。38本の柱のうち8本が復元されて、駐車場からもよく見える位置で威風堂々と建っている。ここは、中も立ち入り可。足元に深く刻まれた溝が模様を成している。道路の跡らしい。柱の模様も面白い。





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大きな柱を見上げていると、上を白い雲がはやいスピードで動いて、影を変えていく。



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■Tempio della Concordia(コンコルディア神殿)
ほぼ当時のままで残っている立派な神殿。これは前述したように、西暦6世紀に聖パウロ・ペテロ教会に転用されたことによる。カルタゴ人はなぜ破壊しなかったのだろうか・・・。Concordiaというのは、「和解」、「平和」、「調和」を意味する言葉で、神殿とは直接関係する名前ではないといわれているが、その名にふさわしく奇しくも今現在こうして残っているというわけ。


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■Tempio di Giunone Lacinia(ジュノーネ・ラチニア(ヘラ)神殿)
コンコルディア神殿のはるか向こうに見える神殿。ちょっと歩くけど、周りも絶景なので頑張って歩きましょう。コンコルディア神殿と同じ34本の柱のうち25本が残っているそう。あと、ここには大きな生贄の祭壇(Un grande altare dei sacrifici)が残っている。確かに台らしきものが。所々、赤みがかった部分があり彩色の跡かと思ったが、どうやら略奪の際に焼けただれて赤く変色したものらしい。



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ジュノーネ・ラチニア神殿まで来る道も、この神殿のある丘から見る風景も絶景だ。世界のなにもかもが、神の力なのだと考えられていた時代。この丘からはシチリアの美しい空も地中海も見える。そして、自らの立つ大地に豊富な石があったなら。それを削り、建築し、神を祀り崇めようという気になるのもわかる気がした。
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by kaioko | 2007-11-25 15:05 | シチリア2007・11

アグリジェント:前編

アグリジェントは、紀元前582年ロードス島出身のジェーラの住人たちがここに移住したのが始まりといわれている。そうして、紀元前5世紀には強大な力を持つようになった。
現在残る神殿群も、このころ建設されたもの。紀元前5世紀といえば、ナポリで見た地下都市もこのころギリシア人が建設したもので、現在のイタリアにもギリシア人の「ネアポリス」、新しい都市がいくつも建設されていたのだと分かる。アグリジェントはその後カルタゴ人の略奪を受けるが、ローマ人の支配のもとで農業、商業を発達させ、続いてアラブ、ノルマンの支配を受けた。
“アグリジェント”の名前の由来は、都市の呼び名を遡っていくと、
I Normanni・・・Girgenti
I Romani・・・Agrigentum
I Greci・・・Akragas

となって、ギリシア人の言葉で“Terra alta ”という意味のAkragas が語源となっているらしい。

多くの神殿はカルタゴ人の略奪や、地震によって崩壊してしまっているが、中には、ほぼ当時のまま保存されているものもある。ヨーロッパ文化のご他聞に漏れず、その後の支配者がギリシア文化の神殿をキリスト教会に転用したかが、保存と破壊の分かれ道となったようだ。神殿は全てドーリス式(ordine dorico)で、大理石ではなく、黄色みがかった石材で建てられている。もっとも、当時は美しく彩色されていたようである。

Valle dei temple 神殿の谷
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何故か「谷」と呼ばれているが、実際は丘の上にある。
入り口は二つあるが、チケットは1枚でOK。このチケット代(実はおごってもらってしまったのだけど)、8ユーロ。ところがあとでガイドフックを見直してみたら、実にまばらな料金で、2.05ユーロだとか、考古学博物館との共通券で6ユーロとの情報もあり、真相はわからないが、値上げしたのか、ぼったくられているのか。(多分両方。)
まずは、駐車場を出て右側にある遺跡から。
なお、こちら側の遺跡は、考古学を専攻し、以前ここで働いていたこともあるという方に解説つきで案内してもらうという、幸運に恵まれました。イタリア語での解説の理解度は半分以下だったのですが。

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■Tempio di Giove Olimpico〈ジョーヴェ・オリンピコ(ジュピター)神殿〉
現在はカルタゴ人による略奪と地震で完全に廃墟になってしまっているが、ギリシア建築では最大級の規模を誇るもの。112m×56m、柱は17m~20mくらいはあったらしい(直径は4.42m)。地面にはtelamoneと呼ばれる巨大な人像柱が横たえられているが、これは実はほぼ二分の一のレプリカ。復元されたものは、考古学博物館に収蔵されている。博物館には行けなかったのだけど、横たえられたレプリカを見る限り、これがあたかも「風の谷のナウシカ」の巨神兵か、エヴァのアダム。神の谷のテラモネ?これがまさに柱として、何体も立っていたなんて・・・信じられない。





■Tempio dei Dioscuri(Castore e Polluce)〈ディオスクロイ(カストール・ポルックス)神殿〉
(↑画像)
神殿の谷でも最古の遺跡。かつては34本の柱があったらしいが、これも略奪と地震につぐ地震でほぼ崩壊してしまった。にもかかわらず、この遺跡は近世になって、周辺建造物のかけらを用いて再建され、Il simbolo di Agrigentoと呼ばれている。
カストルとポルックス神殿という名前からもわかるように、死んでしまった兄のために、弟が自分の命の半分を兄に分け与えたという伝説からその名前がついたらしい。いわゆる双子座伝説。

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カストル・ポルックス神殿をさらに進むと、向こうに岸壁が見える大きな谷が。もう本当に想像もできないが、かつてここに海の水を引いて水をため、巨大なイケスをつくったことがあるらしい。コロッセオに水をためて模擬海戦にも驚くけど、自然の谷を海水で満たすなんて。
神殿といい、イケス伝説といい、古代の人間の成したとてつもない業にただただ驚くばかり。
さて道路(Via dei Templi)を渡って反対側へ。こちらのほうが保存状態の良い神殿が残っている。
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by kaioko | 2007-11-25 14:47 | シチリア2007・11

シチリア旅行:旅程

2007
11・10 東京Tokyo→(ローマ経由)→カターニアCatania
11・11 アグリジェントAgrigento
11・12 ラグーザ・モディカ Ragusa・Modica
11・13 シラクーサSiracusa
11・14 カルタジローネCaltagirone→(カターニャ経由)→パレルモPalermo
11・15 パレルモ(モンレアーレMonreale)
11・16 パレルモ→(ミラノ経由)→東京

シチリアにはカターニア空港から入りました。カターニア空港が新しくて、大きくてびっくり。パレルモの空港よりもずっときれいなんです。今回の旅はパレルモ以外はずっとあるご家族にお世話になりました。
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by kaioko | 2007-11-25 14:36 | シチリア2007・11

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