ラ ドル知ヱ 美ータ。


イタリア旅行記/本/ライブ/映画/アート/まちあるきetc
by kaioko
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カテゴリ:アート・美術館( 48 )

ワシントンナショナルギャラリー展

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国立新美術館の「ワシントンナショナルギャラリー展」を観に行く。
ギラギラした太陽と真っ青な空が、美術館のガラスに反射して、熱い銀色の塊と化した外観は真夏の様相を呈していた。
中に入ると、硬質なコンクリートの感覚が涼しげで、日差しも柔らか。
今月は信濃美術館で大原美術館コレクションを観たので、印象派の傑作を観る機会に恵まれている。

ほぼ開館と同時に中に入ったのに、黒山のひとだかり。印象派の人気の高さを改めて実感する。第一展示室はゆっくりと絵を味わうという雰囲気とは程遠く、とりあえずほぼ素通り。あとで引き返して観たら、マネの「オペラ座の仮面舞踏会」の画面の黒の鮮やかさが印象に残った。
第二展示室も、ルノアール、モネなどビッグネームが続くが、印象に残ったのはメアリー・カサットの作品。この時代に女性で印象派展に作品を出品していること自体に当時のアメリカの自由さを感じる。対象も、主に子どもが遊んだり、戯れたりしている様子とかが、女性の目線で優しく描かれていた。
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第三展示室は「紙の上の印象派」と題された部屋で、リトグラフとか、パステル画とか、油彩画以外の様々な方法で表現された印象派作品があった。セザンヌは、大きな油彩画がいくつも展示されていたが、この展示室にあったゼラニウムの水彩画が小品だが、素晴らしかった。無駄な筆致が一つもない。
ゴーギャンの版画作品なんかもあった。
最期の第四展示室は、ポスト印象派以降。最期に並べられたゴッホの作品、一つは自画像、もう一つは花の絵・・・がやはり強烈であった。
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お昼は、近くにあるデンマーク料理のお店「カフェ・ディジー」へ。
外の猛暑っぷりが嘘のように、涼しく落ち着いた店内。肉、魚、鳥とオムレツのプレートがあったかな。
オーダーしたのは魚のプレート。
自家製のパンも含めて全て美味しかったです。
デンマークには「Hygge」(ヒユッゲ)という言葉があるそうです。友人や家族と料理やお酒をゆったりと楽しむ、温もりと愛情に満ちた時間や極上の心地よさを表す言葉だそうです。

Café Daisy
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by kaioko | 2011-07-17 16:04 | アート・美術館

資生堂にみる商業デザイン展

資生堂にみる商業デザイン-明治・大正・昭和-

b0068541_21143422.jpg香水を選ぶとき、私たちは「匂い」を選び、商品を購入します。しかし「香水ビンのフォルムを気に入って買ってしまった」という経験はありませんか?商品を、より視覚的にも印象づけるため、香水ビンや外箱には、デザインとして考えられた美しさがあります。新しい女性のライフスタイルを総合的に演出してきた資生堂-。1872年(明治5)に創業した同社は、1916年(大正5)に化粧品部を開業するとともに社内に意匠部を開設し、前田貢や山名文夫といった優れたデザイナーを輩出してきました。本展では、資生堂の所蔵品の中から、創業以降1960年代までのポスターや商品パッケージを中心に紹介し、日本の近代商業デザインの変遷をたどります。(長野県信濃美術館HPより)

写真は、「資生堂の赤い水」、オイデルミンの初代デザイン。コルクのフタを兎の膀胱(!)からとれた成分で作られた薄い紙で包み、赤いリボンが結ばれたデザインはとても上品で可憐。この後幾度もデザイン変更をし、今でも高級化粧水としておなじみです。

展覧会は化粧というものを通して、女性のライフスタイルそのものを提唱してきた資生堂という会社について、デザイン、意匠の変遷を軸に知ることができるようになっていました。
「銀座と花椿」という資生堂の歴史を追った映画が上演されており、これが今見ても大変良い出来で驚きました。岸恵子、トニー谷、そしてなんと吉永小百合などもチラッと出演していました。
関東大震災を経て、チェーンストアという方式を編み出し、全国に展開していったという話が印象深かった。それは「良い商品を、信頼のおける店で、全国の人に届けたい」という理念から生まれたものだったとのこと。今回の東日本大震災でも、サプライチェーンの問題が浮上したり、汚染された生肉が提供され死者が出た問題など、現在の流通に関する諸問題を考えるとき、こういった資生堂の理念のようなものが根本にあるべきだと思います。
全ての工程が一方通行になるように工場内に配置されている「one-way工場」のはしり、神奈川の大船工場で石鹸や歯磨き粉、コールドクリーム等が生産される過程の映像もありました。最近、工場での製品の製造過程を見せるテレビ番組がはやっていますが、大船工場の映像はそれらとそれ程変らない。工場として完全に確立していて、洗練されていたんだと思います。
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資生堂のポスター、新聞広告、冊子などの史料もたくさんありました。
余白を大胆に残してないようを強調する手法、コピー、アールデコなど、時代に沿った広告の考え方やデザインなどを積極的に取り入れていった資生堂。戦時中はさすがの資生堂もといおうか、「強い歯だ!美しい歯だ!健康だ!」や「買って兜の緒を締めよ!」といったコピーも。戦時中、軍需工場で働く女性工員に配給されたという木製ケースの口紅も展示されていました。材料がなかったため木製、というところにも驚きますが、なんでも「美しくしておけば、焼死しても早く処置してもらえる」という噂もあったとのこと。いつでも、どんな時でもきれいでいることは大切なことですが、身につまされる話であります。
右は「盗まれるポスター第1号」ともいわれたビューティーケイクのポスター。「太陽に愛されよう」というコピーは、美白全盛の現代には通用しない。何をもって「美」とするか、というのは刻々と変わるものだということを思い知らされます。
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「赤い水」オイデルミンをプロローグとして、エピローグには黒をイメージカラーとした「フューチャーソリューション」シリーズの夜用クリームが展示されていました。(このクリームだけでも3万円・・・、ラインでそろえたら・・・)
「化粧する」ということが今ほど当たり前でなかった時代にも、「美しくありたい、そして美しさを保ちたい」という女性たちの美意識があり、それはこれからもずっと追求されていくものなのかもしれません。

■おいしいイタリアン見つけました
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by kaioko | 2011-05-08 22:10 | アート・美術館

シュルレアリスム展:感想

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国立新美術館にシュルレアリスム展を観にいく。
数年前に東京都写真美術館で「シュルレアリスムと写真~痙攣する美」展というのをやっていて、それは私が今までに観にいった美術展で最も衝撃を受けたものの一つだったけれども、そこで初めてシュルレアリスムの写真作品を観た。

昔からルネ・マグリットやジョルジョ・デ・キリコの作品が好きだったけれどシュルレアリスムとは絵画作品だけではなくて、写真でも表現されたのだとそこで知った。アンドレ・ブルトンという人が「シュルレアリスム宣言」を著して宣言した一大芸術運動、一大思想であったということも。シュルレリスムの自動記述(L`Automatisme)、甘美な死骸(Le cadavre exquis )という方法論やオブジェという概念など知れば知るほど面白くて、大好きな分野になった。

国立新美術館のシュルレアリスム展は、パリのポンピドゥーセンター所蔵の作品が公開されていた。絵画、写真、映画、彫刻とあらゆる分野の作品がこれだけ集まって公開されるなんて実はすごいことだと思う。シュルレアリスム運動の雑誌やビラや新聞や書籍などもたくさん観ることができた。小さなビラでもフォントやレイアウトが凝っていて格好良くて、シュルレアリスムとは何よりも視覚の革命だったのだと思った。一見してシュルレアリスムの作品は不思議で夢の中のような作品が多いのだけど、その裏にはシュルレアリスム的衝動を一刻も早く作品に表したいという情熱や刹那が隠れている気がして(キリコとかデルヴォーとかはちょっとセンチメンタルを感じる)、そこが好きなのかもしれない。

印象に残った作品
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アルベルト・ジャコメッティ「テーブル」
形の違う四つの足のテーブルの上には頭像をはじめとしたオブジェが置かれている。一見すると、ベールをかぶった人物が立っているかのようにみえる。ジャコメッティ、ってあのジャコメッティ?って、シュルレアリスムにくくられるような作品を残しているとは思わなくて、びっくりした。




エリ・ロタール「ラ・ヴィレットの食肉処理場にて」
被写体はずらっと壁に立てかけられた子牛の足爪。体の一部をオブジェと見立ててしまう視線にぞっとする。アンドレ・マッソンの一連の大虐殺を題材とした作品もよく理解できなかったけど、生けるものが単なるオブジェに変貌する過程を描いたということなのかな。神話やユートピアという概念とも関係ありそうだ。衝撃ではあった。
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クロード・カーアン「靴のショウウインドウ」
やたらヒールの高い靴ばかり並べたショウウンドウを店の中側から撮ったもの。フェティシズムに通じるものを感じるが、ちょっと違う。あくまでもオブジェとしてみる客観的な視線。この作品の黒いクリアファイルが売られていて、迷うことなく購入しました。マン・レイの「雨傘とミシン」のクリアファイルも。そしたらポストカードとあわせて黒い大きめのロゴ入り封筒に入れてくれました。図録を買った先着100名に展覧会のポスターもくれるそうで。マグリット版をいただいて大満足^^

ブニュエル「アンダルシアの犬」「黄金時代」
ブニュエルの無声映画。無声がシュルレアリスム感を倍増させる気がするのはどうしてだろう。なかなか観ることのできる機会がないものを、美術館の大きな壁面で観ることができて、貴重な体験であった。しかも2作品が並列しているものだから、訳のわからなさも倍増。

マックス・エルンスト「百頭女」
一連の版画、コラージュ作品。コラージュが生み出す異質感、人物の浮揚感が絶妙。こちらもポストカードを購入する。グッズの数は少なかったけど、質は良かった気がします。図録も表紙の銀色の面が鏡のように光を反射して自分の顔がぼんやり見える仕掛け。う~ん、超現実だなぁ。
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by kaioko | 2011-05-05 09:56 | アート・美術館

荻原守衛展~ギャラリートークに参加

県信濃美術館のモニター会議の一環で、「没後100年荻原守衛展」のギャラリートークに参加する。一回観たのだけど、今回は学芸員の方が説明してくれながらの鑑賞。彫刻展というのは絵画展に比べれば、鑑賞する機会が少ないし(そして集客も少ないそうである)、彫刻という芸術の知識もなく、鑑賞の仕方というのがわからない。普段は音声ガイドはじめ、美術館のガイドツアーなどにも参加せず、一人で観るのが好きなのだけど、彫刻の見方も含めた学芸員の方の説明がとても面白く、勉強になった。
まず、「荻原守衛展」と銘うったことについて。安曇野に「碌山美術館」という守衛の美術館があるが、碌山は生前は本名の「守衛」の名で作品を出品したとのこと。今回の展覧会には守衛の関係人物相関図のパネルなどもあり、彫刻家・碌山というよりは人間・守衛としての展覧会という美術館の意図があったように思われる。
展覧会の構成は二会場に分かれており、第一会場は守衛の作品、第二会場は守衛と同時代からそれ以降の守衛に影響を受けた作家の作品が並ぶ。
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第一会場に入ってすぐに目に飛び込んでくるのは守衛の最高傑作にして、絶作の「女」。守衛には相馬黒光という生涯憧れ続けた女性(師、相馬愛蔵の妻、新宿中村屋にてサロンを開くなど知性と才能に溢れる女性だった)がいて、この「女」には別にモデルがいるのだけど、黒光の子供がこの作品を観て、「お母さんだ」と言ったという逸話もあり、その顔はどことなくこの憧れの女性の面影があるようだ。全身に光を浴びているような「女」の表情は恍惚とも苦悩ともとれる何ともいえない表情をしている。かなわぬ恋を抱きながら、30歳で急逝した守衛。なんだかそれだけで、ぶわっと涙が溢れそうになる。

さて、守衛は日本の彫刻に多大な影響を及ぼしたが、何がすごいのか。

学芸員の方が「女」を解説しながらこの点を説明してくれる。守衛のすごさ=守衛がパリでその作品「考える人」を観て感動したロダンのすごさでもある。守衛はロダンに逢って彫刻家を志した。ロダン的なもののまず一つは「ポージング」である。例えば「女」にしても、同じポーズをとろうとしてみると、とても難しい。実際のモデルも苦労したそうである。体が何段階かに「ねじれている」のだ。それまでの彫刻というのは「ただあるがままを立体にする」という考え方だった。しかし、ロダン、守衛は違う。実際には不可能にも思われるポージングによって、前に倒れてしまいそうな、まさにそのことによって、「前にでるエネルギー」を作品の中に宿し、生命感を表現したのだ。「あるがまま」=生命感というそれまでの彫刻の常識を覆してしまったのがすごいところ。

もう一つは、「女」の足元がわざと「粘土に埋もれているように見える」ようにして、「粘土が作家の手を経て人に変っていく」ように表現したところ。そういえば「女」の足元はゴテゴテと粘土が盛り上がって、粘土の中から女が生み出されたように見える。こういった生命感を表現する演出されていることが、ロダン=守衛の彫刻の特徴である。

このことを踏まえて、他の守衛の作品を観つつ、それに対する芸術界の評価もみていくと、当時、守衛の何が新しく、あるものは受け入れられ、あるものは受け入れられなかったのか、また守衛の苦悩や葛藤もよく分かる。

第二会場にうつり、守衛と同時代の彫刻家、またそれ以降の作品を観る。まずは、守衛の親友でもあった戸張弧雁。守衛に比べて小さな作品が多いが、守衛がストレートに感情を表現したのに対して、弧雁はもっと観念的というか、詩情的。ことに「煌めく嫉妬」と題された作品はその絶妙な作品名ともあいまって、普遍的な嫉妬の感情を粘土の塊で表現してあるという感じで印象に残る。それから石井鶴三。頭のみの像だが、「彫刻」は図録ではなく実際に目で観るべきということをこの小さな像は教えてくれる。実際に粘土で頭の形を造ろうと思うと、ものすごく難しい。この像は図版で正面だけ観るとのっぺりした表情だが、実際にみると「石井鶴三ってこんなにうまかったんだと感動する」、と学芸員の方がおっしゃっていた。然りと思う。そして当時、守衛と評価を二分した朝倉文夫の「墓守」。ロダンの思想を取り入れた「在野」の守衛に対して、朝倉はロダン、守衛の影響を受けつつも、対象を忠実に表現するいわゆる「主流」、正統派、彫刻の構築性を大切にする。なるほど足元の粘土は盛り上がることなく、「墓守」は平らな地にしっかりと立っている。

守衛はその短い人生の中で、たくさんの出会いをしている。師の愛蔵であり、その妻にして憧れの女性の黒光であり、その子供たちであり、弧雁であり、高村光太郎であり、ロダンである。黒光が嫁入り道具で持ち込んだ油絵を観て画家を志し、アメリカに渡り、フランスへ渡り、ロダンに逢って彫刻家を志し・・・粘土に命を吹き込むには、そういった出会いから得るたくさんの刺激と感動があり続けたのだろうと思う。
芸術上の新機運は無限に発展してとどまることころもなく進むであらうし、造形上の革命も幾度か起るべきであるが、しかしその根元をなす人間の問題は千古不磨である。誠実ならざるもの、第二思念あるもの、手先だけによるもの、気概だけに終始するもの、一切のかういふものは、いつか存在の権利を失ふであらう。荻原守衛の芸術の如きは、時代的にふるくなればばるほど、人に郷愁のやうなものを感じさせ、人の心をとらへ、人を喜ばせ、美の一典型のやうなものを感じさせてやまないであらう。私はこの世で荻原守衛に逢つた深い因縁に感謝してゐる。
-高村光太郎『新潮』、昭和29年6月

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by kaioko | 2011-03-06 00:08 | アート・美術館

東京美術館はしご。

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まずは、東京国立近代美術館の
「上村松園展」。サブタイトルは「珠玉の決定版」。

小さめの号のものを、何枚かまとめて見ることはあっても、大きなものもあわせてこれほど集積したものを観るのは初めて。モーリス・ユトリロの時もそうだったけれど、一人の画家の作品展というのは、その画家の人生を辿っているようで、印象がとても深く残る気がする。

松園の絵の醍醐味というのは、やはり女性が描いた女性というところだ。「東の清方、西の松園」といわれるように、鏑木清方、上村松園、どちらも日本女性の美を探究した画家ではあるけれど、清方の描く女性は女性のなまめかしさ、色っぽさが滲み出ているのに対して、松園の描く女性は、どこか凛として内面的な強さが見え隠れする。直接、感覚的に感じる色気ではなく、それは恥じらいや嫉妬や狂気や母性となって表出している。そういう一筋縄ではいかない女性の捉え方は、やはり同性というところが大きいように思う。

「花がたみ」、愛する継体天皇を想って、狂い舞う照日の前・・・愛する人を想うあまり正気を失うとういう心理状態を表現するために、病院に行くなどして研究したという。何枚かの写生も公開されている。写生やデッサンはそれ自体は作品ではないけれども、それらを目にすることで、作品や画家自身に対する理解の厚みが増す。「花がたみ」にしても、表情やポーズの微妙な歪みが、何枚もの写生を経て研究されたことが伺える。
この時代、女性がプロの画家になることは、大変な才能と苦労と運が必要だっただろう。松園の描く女性のもつ凛とした美しさ、強さは松園自身のものなのかもしれない。

続いて、三菱一号館美術館、開館記念展の第二弾
「三菱が夢見た美術館~岩崎家と三菱ゆかりのコレクション」展を観る。
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三菱一号館というのは、三菱第二代社長の岩崎彌之助(彌太郎の弟である!)が、お雇い外国人ジョサイア・コンドルに設計させた洋風事務所建築。この建物は昭和43年に解体されたものの、コンドルの原設計に基づいて今年東京駅前に美術館として開館した。コンドルは「丸の内美術館計画」と銘打った図面を残しており、これも公開されている。“夢見た”美術館が時を経て実現したのは、明治期に日本の玄関口に美術館や劇場を作って、一大文化集積地にしようという構想が存在したということ、そして何よりもすばらしいコレクションの集積による。日本近代美術から、西洋近代美術、ポスターから、工芸までとにかく幅広いコレクションにびっくり。「個人蔵」の個人って誰なんだ。橋本雅邦の「龍虎図」、ルドンの「聖女」が印象に残る。
さらに、コレクションに厚みを持たせているのが、東洋文庫(岩崎久彌が設立した財団法人)所蔵の図書の類。ヨーロッパのミュージアムなどで、書や地図に圧倒されてしまうことがあるが、やはり本や書の持つパワーというのはすごいという再発見をした。

柔かい光、多分最新の照明技術だろう。窓から差し込む自然光と絶妙に混ざり合って、「FROM DREAM TO REALITY」を演出している。

■上村松園展、三菱が夢見た美術館展、相互割引あり。チケットの半券で他1館の観覧料が割引になります。見逃してしまいました。
■三菱一号館美術館歴史資料室、「岩崎久彌が愛した小岩井農場」展。入場無料です。なぜ美術館のショップに小岩井農場クッキーがあるのか、不思議に思いました。見逃してしまいました。

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by kaioko | 2010-09-23 00:32 | アート・美術館

モーリス・ユトリロ展


b0068541_0134835.jpgモーリス・ユトリロ展―憂愁のパリを描いた風景画家
開催期間  2010年7月10日(土)―8月25日(水)



新潟県立近代美術館、企画展「モーリス・ユトリロ展」を観にいく。ユトリロって、モンマルトル展とか、フランス近代絵画展とかでよく観るけれど、いつも1~2枚で、こんなに集積しているのを観るのは初めてだ。しかも日本初公開作品ばかりだという。印象は、雪が積もったモンマルトルの街、人影のない寒々とした白い画面・・・。そのひととなりをよく知ることもなく、意外と鮮やかな色彩の絵もあるのだということを初めて知った。


ユトリロは私生児で、その実父についてはよくわかっていない。若くしてアルコール依存症になり、その治療のため精神病院を転院しながら、多くは絵葉書をみながら街の日常風景を描き始める。
ユトリロの作品の中で最も質が高いといわれ、かつ人気もあるのは初期の「白の時代」。彼の波乱万丈な一筋縄ではいかない人生で幸運だったことは、こうして描かれた絵が早くから注目され、評価されたということ、だと思う。精神病院の中で書き溜めた絵が、たとえ後世評価されたとしても、生きている時にこそ評価されなければ、きっと母親にも見捨てられ、病院の中でひっそりと生涯を終えたことだろう。たとえ彼が生涯敬愛した母親が、彼の絵による収入で、ユトリロの幼馴染兼マネージャーと結婚し贅沢三昧、だったとしても。
やがて生活の安定した彼は「色彩の時代」へと移行していく。彼の人生に良しにつけ悪しきにつけ影響を及ぼし続けた母親の存在。みずからも絵のモデル、画家であったこの女性はだいぶ派手で破天荒な女性だったようだ。ユトリロが生涯、崇めたのはこの母親とホンモノの聖女ジャンヌ・ダルク。その愛情ゆえ、ほかの女性一般には嫌悪感を抱いていたといわれ、彼の描く絵の中の女性は悪意でいっぱいだ。
その無宗教だった母親が死んでから、彼は宗教に傾倒するようになり、作品も「白の時代」へ原点回帰していく。ただし、初期の作品に観られるような、緊張感のある白の世界とは趣が違う印象を受ける。女性嫌いだったユトリロも晩年結婚するが、その妻に絵葉書を取り上げられてしまった彼(妻は初期の絵のほうが評価が高いことを知っていたから?)は、自分自身の過去の作品や記憶で風景を描いたようだ。過去を振り返って余生を送る余裕、ある種の安定感が晩年の作品からは伝わってくる。

こうして見てくると、彼の人生というのは孤独で寂しいようであっても、常になんらかの心の拠り所がある。絵というものがその最たるものであるとして、同じ時代の画家たちが様々な対象を追求したのに対して、ユトリロは一貫して風景画だ。つまりは街の風景への愛情、憧れも彼を支えたものの一つ。母親、ジャンヌ・ダルク、妻という存在。宗教、そして酒。展覧会を通じてユトリロの描く寒々とした街角の雪の風景の中に、それらへの愛情を少し感じられるようになったかもしれない。
皺でくちゃくちゃの最晩年の彼の写真を見ると、晩年はお酒をちょいちょい飲みながら、街に想いをめぐらせながら絵を描いて、結構幸せだったのかなと思わずにはいられない。
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残暑お見舞い申し上げます
(新潟県立近代美術館、敷地内にて。たくさん孵ってるヨ。 2010.8.7)
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by kaioko | 2010-08-08 00:18 | アート・美術館

Hara Museum Arc

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群馬県渋川市にあるハラミュージアムアークに行く。渋川市から伊香保温泉を目指し、だんだんと観光地化してくる道程、伊香保グリーン牧場の一角に突如として姿を見せる、磯崎建築。メインカラーのグリーン×黒そのままに、なだらかに広がる緑の丘とおよそ美術館らしくない、黒い建物。このなかにやなぎみわさんのアヴァンギャルドな写真作品が収められているなんて、想像できようか。
中に入る前に、いやでも目にとまってしまう屋外作品たち。ウォーホルの「キャンベルズトマトスープ」がカフェの横に鎮座ましましている。きれいに刈り取られた芝生の上のそれは、まるでサイロのように聳え立っている。
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丘を下るかたちで歩き進み、エントラスホールから中に入ると、展示室が放射状に三つ配置されている。
企画展は「原美術館コレクション展-美術な物語」。
ギャラリーAで印象に残ったのはやなぎみわの作品、「My Grandmothers」から「AI」。「美術な物語」というテーマに沿っていて、AIおばあちゃんはじめ、写真に収められている人物の物語が、とめどなく溢れてくるような作品。

ギャラリーBはミランダ・ジュライの「廊下」という作品のみが展示されている。鑑賞者は長いコの字型の廊下を歩いて進むのだが、ちょうど視界の高さにメッセージボードがすえられており、前に進むのによけつつも、そこに書き込まれたメッセージが否が応にも目に入って読んでしまうという仕掛け。「作品にお手を触れないでください」という美術館の一般的ルール上、ボードに当たらないように進むにはなかなかのストレスを強要する作品である。いわゆるインスタレーションとよばれるアートのジャンルの作品で、「鑑賞」というよりは「体験」するという感じだ。書かれているメッセージは人生を深く考えさせる内容のようでもあり、意味が分からないたわごとのようでもあるが、要するに何でもいいのだ。作品を生み出す者になんらかの意図が仮にあったとしても、それを受け取るものの受け取り方は人の数だけあるのだから、というのがこの作品の意図のような気がする。

ギャラリーCは荒木経雄、ウォーホルなどと並んで、操上和美の作品に目がとまる。ホワイトキューブの中に整然と並べられたグラフィック作品の部屋と思っていると、かぼちゃの毒にやられてしまうかもしれない。そう、草間彌生だ。部屋の奥の引き戸を引くと、そこには「ミラールーム(かぼちゃ)」という名の拷問部屋が現れる。これも体験型アートか。

美術館にはもうひとつ灌海庵(タンカイアン、‘カイ’の字がパソコンで出ないのですが)という特別展示室があり、現代美術のほかにも原六郎氏の主に東洋古美術を中心としたコレクションが展示されている。意表を突く形で、まず目に飛び込んできたのは杉本博司の普遍であった。こんな群馬の山中の美術館で、今日も杉本さんの海はまごうことなき普遍をたたえてそこにあった。順に「ATLANTIC OCEAN」「IONIAN SEA」「BLACK SEA」と題されたゼラチンシルバープリント。被写体は海なのだけど、ただしそれは撮った場所、時間、いずれもから解き放たれた海だ。そんなことは絶対にないのだけれど、これらがはるか太古の昔の、生まれたての海を写したものといわれたら信じてしまいそうだ。
書院造を元にした灌海庵の中は、古美術と現代美術が互いに違和を生じさせることなく展示されている。作品数は少ないが、なんて実験的で贅沢な空間なんだろう。円山応挙の「淀川両岸図巻」が素晴らしい。
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通路にも光が溢れ、芝のグリーンと青い空が眩しい。芝を刈る赤い特殊自動車も作品の一部のようだ。美術館というのは内部は、白系クリーム色に統一されてきているが、外観については特に理論も理屈もなく様々な色が使われているのだという。しかし、黒い杉板張りの美術館なんて初めてだ。この美術館外観について藤森照信先生は、「アメリカのバーン建築」から発想されているのではないかと考察している。バーンとは、農場の牧舎や干草置場をさし、木造下見板張りで、日がたつと褐色が深まり、黒っぽくなるのだという。なるほど、実際に牧場の中にあり、周囲には羊がすやすや寝ていたり、草をのんびりはんでいるのが見受けられるのであるから、牧場とはイメージが結びつきやすい。しかし藤森さんはさらに色に着目しており、アメリカのミースと利休の黒という二つの黒を引き合いにだしている。そして、ハラミュージアムの黒は後者の黒であり、すなわち黒の中に全ての色が入っているような黒、豊かな黒であるとしている。
この黒い美術館のほんの一箇所でも黒がくすんだり、はげていたりしたならば、たちまち美術館としての魅力が半減してしまうだろう。一流の豊かなコレクションを抱きながら、周りの自然とも溶け合うバランス感は、黒という色の質感そのものに秘密があるのかもしれない。
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by kaioko | 2010-07-06 22:32 | アート・美術館

あずみの・ちひろ美術館

安曇野ちひろ美術館へ行く。
渡り廊下にある、椅子と思いきや、バチがセットされていて、叩くと音がでるオブジェ。
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豊科インターチェンジから車を走らせること40分、松川村の広い敷地にある美術館。
芝生のなだらかな丘に点在する八つの石のオブジェがお出迎え(写真左)。チェコの絵本作家、クヴィエタ・パツォウスカーがデザインしたもの。二つに割った石の断面に黒と赤を基調にした数字や幾何学模様がデザインされている。
1997年に本家ちひろ美術館(東京)の開館20周年を記念して建てられた、安曇野ちひろ美術館。安曇野はいわさきちひろの両親の出身地で、ちひろにとっては幼いころから親しんだ心の故郷。また戦後両親が開拓農民として暮らした土地で、ちひろは折に触れて松川村を訪れ、数々のスケッチを残している。
美術館本館(写真中央)の裏には、ちひろが黒姫高原に建てたアトリエ兼山荘が復元されている(写真右)。たくさんの作品が生まれたアトリエも、高原の林の中にあるよりは、この青い空の下にあるほうが、管理や保存にも適しているのではないだろうか。
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美術館はちひろ館と世界の絵本館に分かれていて、さらに子供の部屋、絵本の部屋、中庭、テラス、カフェ、ミュージアムショップもある。チケットはちひろの絵がかかれた栞型もので、3種類から選べ、提示すれば1日何回でも入退館が可能。
美術館の中に点在している椅子もみどころ。うさぎの耳のような背もたれの椅子。窓辺にいくつか並んでいるのがかわいい。テラスにはパラソルのある椅子や寝椅子もあって、6月のさわやかな空気の中でお昼寝もできるのがうれしい。
椅子のほかにも、ここかしこにディティールの細かさが光る。
これまた三つ並んでいるステンレスの水道。大花壇へと続く回転出口は矢印になっている。


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いわさきちひろといえば、「窓際のトットちゃん」・・・淡い色で描かれた子供の絵が有名だ。私は、どちらかというと子供の絵はあまり好きではなくて、植物を丹念に描いたものや、単色や墨で描かれたものが好きなのだけれど。
「モデルなしで10ヶ月と1歳のあかちゃんを描き分け、その観察力とデッサン力を駆使して、9400点をこえる作品のなかに子どものあらゆる姿を描き出しています。」(美術館パンフレットより)
ちひろさんの子供の絵をそれほどの観察力を持って観たことはなくて、お子さんのいる方とはきっと見え方が違うのだろうな、と思った。
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by kaioko | 2010-06-13 12:46 | アート・美術館

エジプト展-国立カイロ博物館所蔵品と-

吉村作治の新発見!エジプト展-国立カイロ博物館所蔵品と-
長野県信濃美術館

(平成22年4月25日)
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信濃美術館へ、「エジプト展」を観にいく。
展覧会のタイトルに「新発見!」とあるように、まだまだ未盗掘の墓や遺跡はたくさん砂漠の砂の下に眠っているのだろう。今回は夫婦のミイラや、子供のミイラ、身分の高い職人のミイラなどの未盗掘の木棺などが日本初公開とのこと。それらは、見つけだされるのを待っているのではなく、ただ魂が肉体に戻るときのために作られ、その時を待っているのだと思うと不思議な気分がした。

考古学と天文学は似ているところがある。技術が進歩することで、さらに昔に遡ることができる。そしてそれが学問の未来だ。先日、ハップル望遠鏡の画像から、星の光の波長をトレースして地球の昔の姿を探るという特集番組をやっていた。そこでは132億年前の星の光の検出に成功していた。132億年前の星が放った光=132億年前の宇宙の姿。肉眼では真っ黒にしか見えない空の部分にこそ、宇宙の昔の姿がまだひっそりと光を放っているのかもしれない。広大な砂漠の砂のなかに、何千年も前の肉体が横たわっているように。
古代エジプトの神々についても分かりやすく解説が成され面白かった。エジプトの神々の描き方にもルールがあるのだということを知った。次に気になるのは木棺や壁に書かれているヒエログリフ。古代エジプトのごく平均的な書記で、仕事に支障が出ないだけの象形文字(およそ6,000)を覚えるのに、12年もかかったという。当時の平均寿命を考えれば、来世は必ずあると信じざるをえなくなるというものだ。しかもヒエログリフというのは象形文字であり、そして表音文字でもあり、その混在なのである。つまり、文字がそれを意味するものそのものの場合と、文字とそれが意味するものの間に全く関係がない場合とがあり、それがヒエログリフの解読を難解なものにしたのである。一般の人々は来世でも労働を課せられたというが、それでもやはり来世で生まれ変わりたいと切実に願ったのだろうか。

ヒエログリフを書こう!

フィリップ アーダ / 翔泳社


カラー版 ハッブル望遠鏡 宇宙の謎に挑む (講談社現代新書)

野本 陽代 / 講談社


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by kaioko | 2010-04-30 23:12 | アート・美術館

Eternal of Challenges to NIHONGA

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広尾に新築移転オープンした山種美術館へ行く。
外観はすっきりとして横に長い感じの建物。地下の展示室はそれほど大きくはない。
4回にわたって開館記念特別展が開かれる予定で、どれも同館の所蔵する代表作、日本画の有名な画家・作品ばかり。その中で満を持してトップを飾って開催されているのが、
「速水御舟-日本画への挑戦-」展
である。


御舟の40年という短い人生の中で、29歳の時、大きな事件が起こる。関東大震災だ。御舟はその日のうちにスケッチ帳を買い、灰燼に帰した街中をスケッチして歩いたという。「灰燼」という薄いグレーの画面が印象的な作品が展示されていた。グラウンド・ゼロ。

「梯子の頂上に登る勇気は貴い、更にそこから降りて来て、再び登り返す勇気を持つものは更に貴い」

と言った御舟。灰燼に帰した街、大きな喪失感と深い絶望。そして、そこから立ち上がろうとする強い意思とエネルギー。御舟は評価の確立された自らの画風・モチーフや表現方法を極めてはそれを破壊し、常に別のものを求めて努力した。震災後の風景の衝撃が、御舟の人生観や芸術観に決定的な影響を与えたのだと思う。

重要文化財となっている「炎舞」、幻想的な炎を背景に舞う色とりどりの蛾、炎に溶け込むような薄い羽の色彩がとても美しい。が、御舟はこの代表作の上に胡坐をかくことなく、次々といろいろな作風やモチーフに挑戦していっている。「翠苔翠芝」の紫陽花、「名樹散椿」の金地に咲き乱れる椿、「牡丹」の淡い桃色の色彩・・・。色彩についてはもともと天才的な才能を持ち、かつ実験好きで、好奇心の旺盛な人だったのだろう。

御舟の人生に影響を与えたもう一つのものは、ヨーロッパ旅行だ。今回、初めてヨーロッパ滞在中の日記を始めとする資料が公開されている。御舟は渡欧にあたり、東京美術大学で教鞭をとっていた美術史家の矢代幸雄を訪ね、ヨーロッパで見るべきものについて指導を仰いだ。その際のメモが「イタリア見学指針」として公開されていた。「速水の芸術を養うに必要なる作品」として選択されたイタリア国内の75項目にものぼる見るべき作品とは、現代に生きる芸術を志すものが見るべき作品として参考にしても、なんの不足もない完璧なガイドだと感じる。(「フィレンツエ滞在中にアレッツオのサン・フランチェスコ教会のピエロ・デ・ラ・フランチェスカを見よ」などと教えてくれる人は現在にあってもそうそう居まい。)このメモには「速水は、もっと大規模な人物画の構図がやれる人」という矢代の期待が込められていた。
果たして、帰国した御舟はヨーロッパの絵画に感銘を受け、以後人物画の制作に取り組む。御舟は画塾から出発しているので、人物デッサンの訓練を受けていない。そして壮年の時の作品「京の舞妓」が酷評されて以来、十年人物画には取り組まなかったという。御舟は特にエル・グレコに興味を持ってグレコの絵葉書を何枚も買って帰国している。ほかにたくさんの画家がいるなかで、なぜグレコだったのだろう。そういえば、グレコの描く人物の顔の独特なデフォルメの仕方、人物の顔のグレーの陰影と「京の舞妓」の顔のそれには似たものを感じる。宗教画の中の人物でありながら人間的な内面の滲み出た表情、そして一見してすぐにグレコだと分かる独特の画面。御舟はグレコの作品に、なにか自分に似たもの、かつ自分の中で消化しきれないものを見つけたのではないだろうか。

今回修復を終えて、初めて公開されたものの一つに未完の大作「婦女群像」がある。着物を着た女性の線描きと、淡い水色がところどころに塗られた画面。緻密に考えられて配置された女性、その着物の柄までも全て描きこまれて完成されていたなら、どんなに美しい、凄みのある人物群像になっていただろう。
御舟は40歳にして腸チフスを患い急逝してしまう。別室に展示されていた花の写生画も全て、40歳の時の作品だった。常に梯子の上を見つめ、頂上に到達しては、繰り返し何回も芸術の梯子を上り下りした御舟。
ある芸術家の死とは、その後生まれるはずだったたくさんの作品の死である。
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by kaioko | 2009-11-01 22:16 | アート・美術館

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