ラ ドル知ヱ 美ータ。


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モデナ:水路の名残を求めてⅠ

現在のモデナの衛星写真からは、想像もできないことだけれど、モデナはかつて水の恩恵を受けて栄えた街であったという。

この地には先史時代から人々が住み着いていたが、前183年に古代ローマの植民都市「Mutina」がエミリア街道に接して建設された。
セッキア川とバナーロ川に挟まれたこの地は肥沃で、昔から豊かだったのだろう。
しかし、水は恩恵をもたらすこともあれば、災害をもたらすこともある。

ローマ帝国末期の数世紀の間にモデナはあわや消滅という事態に遭遇したという。
度重なる洪水のために、人々が城壁に囲まれた近隣の都市に避難してしまったからだ。
しかし、守護聖人ゲミニアヌスの聖遺物は他に移されることなく、司教が残っていた教会の周囲には新たな居住地ができあがり、891年ここが城壁に囲まれるに至った。
14世紀初頭、第二の城壁が建設され、この城壁に囲まれたモデナは、手工業を育むための運河が走る、河川に経済を支えられた街になった。
そして、この時の運河のいくつかは今も通りの名になって、その名残をとどめているのだ。

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上の地図の赤①~③はモデナを代表する主なモニュメント・施設。
①司教座大聖堂
②ドゥカーレ宮殿
③総合博物館

そして青①~④はかつての運河が埋め立てられた道で、名前からそれが分かる通り。
①Via.Canalino(カナリーノ通り)
②Corso Canal Chiaro(カナル・キアーロ大通り)
③Corso Canal Grande(カナル・グランデ大通り)
④Via.Canaceto(カナチェート通り)


まず目につくのは、Via Emilia
街の中心を横切るこの古代の道は、今も中世都市と、ドゥカーレ宮殿を中心としたエステ家の都を隔てている。
そして、①Via.Canalino②Canal Chiaroの不自然な歪曲と、対照的にまっすぐな③Canal Grande④Canaceto

このうち④のCanacetoはテッラノーヴァ(新開地)の主要道路として1564年に建造されたとあり、①~③よりは歴史も新しく、より計画的に作られた道路のようだ。

Canal Grandeといえば、真っ先に思い浮かぶのは、もちろんヴェネツィアの大運河。最初にモデナの地図を見た時、何故カナルグランデ?と不思議に思ったものだ。

まずは、グランデ広場から①Via.Canalinoへ行ってみた。



ViaとCorsoって・・・

違いがあるんでしょうか。

上の記事を書いていて、Corsoのほうが大通りなのかな、と思ったのですが、一番大きいエミリア街道はViaだし・・・謎。。。
どなたかおしえてください。
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by kaioko | 2005-11-25 23:20 | エミリア・ロマーニャ2005・11

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